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新撰組が生きた京都・壬生界隈 03.10.03

 2004年からのNHKの大河ドラマが「新撰組」とご存知の方は多いはず。
クランク・イン前から、京都の街は沸々と新撰組ブームが巻き起こっています。
混沌の幕末、京都の治安を守るための警察部隊であった新撰組。局長近藤勇率いる隊士たちが疾風のごとく駆け抜け生きたその軌跡が残るここ京都、壬生寺界隈は、熱く燃ゆる当時の隊士たちの魂に思いを巡らせたくなるロケーションと言えるでしょう。
壬生寺は京都の市街地の比較的中心地に位置し、京都独特の狭い道幅に並ぶ民家の中に静かな佇まいを見せています。沖田総司が子供たちと遊んだという逸話を残し、新撰組の兵法調練場だったとも伝えられる壬生寺境内。
物語で知るところ、優しくもはかなげだった沖田総司はどんな想いで剣の稽古に励んだのでしょう。かき合わせた襟からのぞく総司の薄い胸を思い浮かべてしまいました。
現在は近所のお年寄り、境内に隣接されている保育園児、平和の象徴である鳩が遊び和む穏やかな時間が流れています。
また、境内東方にある中の島は、壬生塚という芹沢鴨、平山五郎ら隊士11人の墓所があり、近藤勇の胸像も。随分重厚なイメージなのですが実際は33歳で処刑されたとも。本当はもっと若々しかったかもしれませんね。歴史上の人物キャラクターというものは、「こうであってほしい」と後世が創り上げたものなのでしょう。
そんな近藤勇の胸像を前に毎年行われるのが「新撰組隊士等慰霊供養際」。
長州藩氏の京都放火計画の集まりに切り込んだと言われる池田屋騒動の日を記念したその日は、全国の参詣者で大変な賑わいを見せるそうです。
大河ドラマの影響で、今年はさらにたくさんの人が集まると予想される中、もしかしたら浅黄色に「誠」の文字を染め抜いた羽織で駆けつける新撰組ファンがいるかも‥。当時に思いを馳せながら、京の町娘風のきもので散策するのはいかがでしょう。
隊士が遊びに通った花街島原もほど近く、新撰組と女性たちとの関わりを知るのもこれまた楽し。

そして、壬生寺のすぐ近くには、かつて近藤勇や土方歳三らの宿舎となり旧壬生屯所だったことで知られる八木家があります。壬生郷士(壬生住人士)の長老を勤めていた八木家は、土間に沿ったいくつかの部屋、下見板を張った外観が特徴。奥座敷に見る格式の高さはいつか映画の一幕にあったよう記憶するところ、残された刀傷は新選組三大内部抗争の一つ芹澤鴨、平山五郎らが惨殺された事件の凄まじさを物語っています。ただ実際の天井の低いことと言ったら‥。イメージとして大男たちばかりだったように思う隊士たち、実は小柄だったと思われます。ほの暗い行灯の光中で、酒を酌み交わしながら過激派浪士に対する反画策を練る、隊士たちの低い声がどこからともなく聞こえてきそうです。

現在では広く一般に公開されており、京菓子を扱う店舗の茶席でお抹茶も頂けます。(見学、茶席ともに有料)もうこれ以上、きものが似合う場所はないと言ったところです。
ちなみに興味深いお話を八木家の解説の方から伺いました。「新撰組はその衣裳を菱屋太兵という屋号の店からツケで買っていました。そのお金の出所は‥。またその背景にあるのは」どうですか。新撰組のウラ話が聞きたくなりませんか?
秋の一日、きものを着てぜひとも訪れてみてください。
  壬生界隈

壬生界隈

近藤勇の胸像

壬生界隈

壬生界隈

 


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