2003年は歌舞伎400年の記念の年。その最後を飾る年末恒例南座の顔見世も充実したラインナップです。演目も役者も見逃せないと、昼の部も夜の部も足を運びました。
やはり、一番期待していた「廓文章」がよかった。大好きな役者の当たり役です。もう一度みたいと思うほど、片岡仁左衛門の伊左衛門にひきこまれました。
実は5年前の顔見世、十五代目襲名披露のときにも、同じ仁左衛門の「廓文章」を見ているんです。そのとき、この「廓文章」にちなんだお菓子をいただきました。井筒八ツ橋の『夕霧』です。伊左衛門の恋しい夕霧の名をとったこの和菓子は、伊左衛門が出にかぶる編笠の形をした八ツ橋です。
この『夕霧』に、「夕霧ふみ」と書かれた藤色の紙包みが添えられていました。「廓文章」は近松門左衛門が実在の夕霧太夫をモデルにかいた芝居です。この包みには芝居になるほど才能あふれる名妓だった夕霧太夫のふみ、まつ春のふみのうつしが入っていたのです。注意書きには、“昔から着物の袖などに縫いこんでおくと生涯衣類に不自由をしないとか、衣裳の数がふえるとか言い伝えられています。この文はとくに御婦人方あこがれのまとであったものです。どうか大切に御保存御利用下さいませ”とあります。これはおもしろいと、そのときわたしは自分のためにはじめて誂えたきものの入っている引出しにこのふみを入れたのでした。
今回、「廓文章」を5年ぶりに見て、この夕霧ふみのことを思い出しました。そして、引出しを開けて見ると、確かにふみが残っていました。そして、この5年で、本当にきものは増えているのでした。当時はこんなにきもの道楽、きもの三昧にいたるとは想像もしていなかったのに。ということは、夕霧ふみの力は本物かもしれませんね。
東京のアンティークショップで、ひとめぼれで色柄ともに気に入った銘仙。ただサイズが極端に小さくて、裄だしも裾だしも無理。それでも、どうしてもあきらめられなくて、ほどいて帯にしようと決意。ちょうど和裁を習い始めていた川中さんに、半ば強引に昼夜帯への仕立てかえをおねがいしました。とき・はぬい・あらいはりをして、黒の裏地をつけてもらいます。使った部分は両袖と身頃一枚。胴回りやお太鼓に縫いはぎがこないように苦心してもらった甲斐あって、お太鼓もつのだしも引き抜かずでも、継ぎ目は見えません。この帯メインのコーディネイトででかけるのが楽しみです。 |
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紺地に朱色の四角が織り込まれた紬に、銘仙を仕立て直した昼夜帯
細身の傘はステッキみたいに |
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